霊石・疱瘡石のある春日神社

春日神社は全国に沢山あり建御賀豆智命・伊波比主命・天児屋根命・比売神を祭神としています。

ここ西院春日神社は天長10年(833年)2月に淳和天皇が退位(仁明天皇に譲位)し淳和院離宮へ居を移すに際し、勅諚により奈良の春日四座大神を勧請しその守護社として創建されました。
この離宮は別名”西院”と呼ばれ、この付近の地名である西院の由来となっています。

西院春日神社は病気平癒・災難厄除の大神、還来大神として知られています。

本殿は重要文化財に指定されています。
この本殿の横には小さい子供を病気などから守ってくださる神様がお祀りされている春日若宮社があります。


そして春日神社の狛犬は鹿で、口には筆と巻物をくわえています。
この狛犬には獅子だけでなく猪や龍、狐など色々な動物が用いられています。
この動物を神使(しんし)と呼び、神使は神社によって用いられている動物が決まっており、例えば、稲荷神社には狐・春日神社には鹿・弁財天には蛇などです。

<一願蛙>
三かえるは見返るに通じ、縁起のよい蛙といわれていて、水をかけてご祈願すると願い事が叶うそうです。


早速、お水をかけてお願い事をしました。
親蛙の背中にかわいい子蛙が2匹のっています(^・^)

寛政十二年(1800年)二月二十一日、仁孝天皇御降誕の折、吉方にあたる当社、西院春日神社を選ばれ、御胞衣(おえな)を埋蔵されました。御胞衣とは胎盤、つまりお産の後に出てくる後産とも呼ばれるものです。
宮中にはこれを吉方にあたる場所に埋蔵されその健やかなご成育を祈願される慣わしがありました。
これにちなみ、安産や子授け、母体の健康、乳幼児の生育を祈り、御胞衣塚に白石・子安石を奉納する風習があります。

本殿前にある病気平癒や災難厄除を祈願する祈願石です。


病気平癒を祈って奉納された石塚で、祈願石と一緒に災難を払う金幣のお札も奉納されています。

梛石(なぎいし)
御神前の神石は、この石を撫でて災難厄除を祈願し、旅行をする人たちは、往きに還りに撫でて還来成就を祈願する習慣があります。
また、病弱者は撫でて厄除、健康の回復、病気平癒を祈ったことから”梛石”と呼ばれるようになりました。

還来(もどろき)神社
旅行安全・還来成就の守り神で貞観十六年四月十九日、淳和院が火災となり正子内親王は火難を避けるため、松院逃れられました。
その後、洞裏院に無事還御され「洞裏院が類焼を免れ「無事還り来るは是れまったく神の加護である」と仰せられ、故に後世還来の大神と称えられ、現今旅行の安全を祈る「還来信仰」として崇敬されるようになりました。
現在では天皇皇后両陛下の海外ご訪問に際しお守りが献上されているそうです。

古くから旅路道中の安全を祈って”わらじ”奉納する習慣があります。

弁天社・稲荷社
ご祭神は市杵島姫命・田心姫命です。
この弁天社は広島厳島神社の御分霊で、古くは太秦(うずまさ・広隆寺がるところです)の地に鎮座され、後に現在地にお祀りされました。
稲荷者の社殿内には、生きているかと思わせる”白狐”がお祀りされていると伝えられています。
社殿は金財を招く”巽(南東)”の方角を向いています。

そして使わなくなった古い財布が納められています。

初夢吉兆宝船図
京都では立春(節分の翌日)に見る夢を初夢とされ、節分の夜に”宝船”の絵を枕下に敷いて寝ると、立春吉兆の初夢がかなうと伝えられています。
この宝船図は江戸時代後期の版木で、順風満帆の春風を「寶(たから)」の帆に受け、他砂金袋・宝珠・蛸・打出の小槌・宝鍵・米俵・七宝・隠笠などの宝物を満載した宝来舟が大海を渡り来る大変縁起の良い絵図です。
特に”蛸”が描かれており大変珍しく”お足(お金)”が多いという意味があります。
節分の夜に枕下に敷くか、一年間玄関に飾って立春吉兆の宝来を願います。
玄関に飾るときは、室内に宝舟が入り込むよう”入舟”(舟頭を家内に向ける)にして飾るそうです。
この”初夢吉兆宝船図”は元旦から節分まで授与(700円)されます。

西院宮
ご祭神は淳和天皇(西院天皇)でご神徳家内安全です。
天長十年(833年)2月28日皇位を仁明天皇に譲られた折、西院に淳和院御所を造営されました。
鎮護の神として春日神社をご創建され現在の西院繁栄の基礎を築かれました。
淳和天皇崩御の後、大原野の御陵より御霊をお迎えし西院の祖神として崇敬を集めています。



<病気平癒の霊石・疱瘡石(ほうそういし)>
平安のはじめ淳和天皇の皇女崇子内親王が天然痘(疱瘡)を患われたとき、この石に祈願をされたところ、石が代わりに疱瘡を生じたちどころに内親王の病は治りました。
これ以後西院春日神社は皇室から病気平癒や災難厄除けの守護と崇められ、仁明天皇(承知5年7月)、後桃園天皇(安永3年7月23日)、仁孝天皇(寛政12年2月21日)、敏宮(天保元年12月21日)、和宮(弘化3年閏5月27日)、孝明天皇(慶応2年12月20日)とご祈祷をめいぜられてきました。
そして神前の「霊石」は「疱瘡石」と呼ばれ、世の人々は病の平癒を願ってこの石を拝するようになりました。
また都に疫病がはやる前には必ずこの石の表面がぬれたそうです。
かつて神前にあったのが戦前から所在が分からなくなっていた疱瘡石が数年前に本堂で偶然見つけられ、一般に公開されるようになりました。
しかし残念ながら月次祭(毎月1日・11日・15日)に本殿で公開されるのみなので、タイミングが悪く未だに拝見することができていません。
この”疱瘡石”まるで水晶のようなパワーストーン!!
一度、見てみたいです…☆^^
<訂正とお詫び>
”本殿は重要文化財に指定されています”とありますが”重要文化財ではありません”
西院っ子さんよりご指摘がありました。
間違った情報で申し訳ありませんでした。































































































