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2007年02月26日

女人守護の市比賣神社

 
 

 市比賣神社は通称”いちひめさん”と呼ばれ京都中央市場の守護神であり、女性をお守りする神様で”京都十六社
 朱印めぐり”の一社です。
 申年のみに下着のお守りが販売され、下着と一緒に箪笥にしまっておくと、婦人病にご霊験あらたかといわれています。
 全国に多くある”市姫社”はこの神社の分社です。


 

 市比賣神社は平安京が制定された翌年の795年に東西市(官営市場)の守護神として桓武天皇の勅命により
 藤原冬嗣公が堀川七条(東市座内の七条坊門)に1300坪を境内として御鎮座され、1591年に豊臣秀吉の都市改造
 により現在の地(京区河原町通五条下ル)に御遷座されました。
 中世には空也上人が神託により市屋道場を開創し一遍上人が境内で踊り念仏を演じたといわれています。
 21年目毎に御本殿を建て替える”式年造替”の制度があり、足利将軍家や花山院家により幕末まで行われていました。

 昭和2年に日本で初めて京都に「中央卸売市場」が開設されたとき、構内に市比賣神社の分社「市姫神社」が祀らました。
 

 

 御祭神
 御祭神が全て女神様をお祀りしているため”女人厄除け”の神様として全国から多くの女性が参拝に訪れています。
 御祭神は神大市比賣、市寸島比賣、多岐都比賣、多紀理比賣、下照比賣の五女神。
 御祭神の神大市比賣は、大山祇の娘で素盞鳴の妻で、宇迦之御魂・大年・大国主の母です。
 市寸島比賣と多岐都比賣・多紀理比賣は宗像三女神で下照比賣は大国主と多紀理比賣の娘です。 

 
 

 お食べ初め
 生後50日目(と百日目)に”五十日百日顆之餅(いかももかのもち)”を授かり子供に食べさせ成長を祈るもので、
 安徳天皇の記録を初め花山院家や足利家歴代の史記にも見られ、現在の”お食初め”発祥といわれています。
 今も皇族や旧家では当社より餅を頂いているそうです。

     市姫の神の忌垣のいかなれや商物に千代を積むらむ(為頼朝臣集)
 

 
 
 

 本殿
 本殿は神社としては大変珍しい”北向き”に建てられています。
 これは天正の御遷座の折り、皇室守護の神社として御所を望み北向きにされたと伝えられています。
 全国的にも珍しい御神像(秘像)は平安時代の作で母神が童神を抱いており慈愛に満ちた姿といわれおり、
 創建以来歴代皇后の信仰を集め”皇后陛下勅願所”として、現在でも御安泰のお守り「女人守り」を献上しているそうです。


 
 
 
 

 姫みくじ
 運を占うお御籤です。
 占った後は持ち帰ってお守りにしたり、願い事を書いて一願成就の井戸”天之真名井”に奉納します。
 (一体 600yen)。


 

 天之真名井
 洛陽の七名水として知られているご神水「天の真名井(あまのまない)」は歴代天皇の産湯に用いられたと伝えられ、
 今でもお茶会で使われています。
 

 

 で、この御神水を貰いにくる人も多く、そのためにこのような水道が設置されています。
 便利なことはいいですが、チョット”無粋なこと”どす。


 
 

 一願成就まいり
 絵馬を掛け”天之真名井”の御神水を呑み手を合わせてお祈りすると、一つの願い事が叶うと伝えられています。
 (願掛け絵馬は300yen)


 
 
 

  カード塚
 1988年にカード型のお守りを奉納するために作られ、塚の周りの溝は”天之真名井”のご神水によって清められています。
 その後はカード型お守りだけでなくクレジットカードや病院の診察券がなどが収められるようになりました。
 カード型のお守りは全国初で1枚500円です。


 

 おとう鈴
 お手洗いのお守りで、病や事故を防ぎ鈴の清々しい音が不浄を祓うといわれています。
 ”おとう”の名前の由来は古く建築の東方のお手洗いを建てると家が栄えると言われたことから”御東”と称される
 ようになり、現在でも宮中ではお手洗いを”おとう”と呼んでいます。
 古来より妊婦がお手洗いを掃除すると安産で元気な子供を授かり、お七夜の夜は子供をお手洗いに連れ、健康
 を祈る習慣があります。
 日本の家屋では全ての部屋に神が宿るといわれ、特に日常生活で最も必要なお手洗いを清潔にし守り神を拝め
 ることは最も大切なことといわれています。
 (一体 1,500yen) 


 
 

 驚き!!
 ふと目を上に向けて見ると・・・
 ぎょえ〜〜、市比賣神社の上はマンションでした!!
 境内はマンションやビルの中庭のような感じでした。


 

 市比賣神社の祭事
    1月1日    歳旦祭
    2月3日    女人厄除祭
    3月3日    ひいなまつり
    4月15日   京都中央市場春祭
    5月13日   春季大祭
    6月30日   水無月祭(ひとがた流し)
    9月9日    重陽祭・カード感謝祭
    11月13日  秋季大祭・火焚祭
    12月11日  京都中央市場秋祭
    ※毎月13日 月次祭

2007年02月24日

登天石のある水火天満宮

 

 菅原道真公を祀る神社で、京の都の水害・火災を鎮めるため923年に醍醐天皇の勅願によって建てられました。
 鎮座している地は道真公の師であった僧・尊意の屋敷跡ともいわれていて、道真公は太宰府で亡くなるに際し
 尊意に髪を届けたといわれています。
 
 鳥居の横には”日本最初 水火天満宮”と”孝学堂跡(江戸時代に宮司の孝道が境内に開設した学問所)”と
 刻まれた石碑があります。


 

 道真公の死後、都に落雷が続き祈祷の命を受けた僧・尊意が御所に向いました。
 途中、鴨川の水があふれていたので、天に向かい神剣をかざして祈ると、道真公の神霊が現れ、
 たちまち雷雨が止み、この時、神霊の降りた石が、現在も”登天石”して境内に残っています。
 そのような事から、尊意が延長元年に道真公を祀ったのが水火天満宮といわれています。
 (※僧・尊意は比叡山の天台宗座主13世です)


 

 水害・火災・厄除・安産・合格祈願のご利益があります。
 また、”玉子石”と呼ばれる石があり、5ヶ月目にこの石を拝むと安産するといわれています。


 

 登天石
 903年に菅原道真公が大宰府の地にて59年の生涯を閉じられた。
 その死後、京の都では天変が相次ぎ人々は道真公の怨霊のせいと信じ、時の醍醐天皇は延暦寺の
 法性坊尊意僧正に、祈祷を依頼し勅命を受けた尊意は早々に山を下り宮中に急ぎました。
 途中加茂川まで来ると突如、水位が増し町へと流れ込みました。
 尊意は慌てることなく数珠をひともみして川に向かって祈りを捧げました。
 すると不思議なことに水位は下がり、真っ二つに分かれ水流の間に一つの石が現れ、その上に道真公の霊が
 現れやがて雲の中に消えていきました。
 その石を供養し登天石と名づけられました。

 ”登天石”は道真公の悲運の伝説と共に有名で、一説には隕石ともいわれています。


 

 出世石
 近年出世した人が寄進されたので、”出世石”といわれています。
 

 

 金龍水
 金龍水は眼病によく効くといわれています。


 

 

 六玉稲荷
 末社である六玉稲荷は、就職祈願として信仰があります。


 

 乗馬禁止の石柱
 ”是より洛中荷馬口付のもの乗べからず”
 ここから都なので都の中には、馬に乗ったまま入ることを禁止する、荷を載せた馬は馬の口取り(馬子)が手綱を引いて歩くようにとのことです。
 これは堀川頭にあった江戸時代の交通標識でこの場所は京の都への入口で、その昔には門があったそうです。
 このような石柱はこの近辺の仁和小学校と室町小学校などにもあります。


 

 こじんまりとした水火天満宮の境内には誰もいなく、とても静かなものでした。
 
 

 

 そして境内の木々にはシジュウガラなどの小鳥が楽しそうに囀り飛び交っていました。



 

 境内の白梅は満開でとても甘い香りが漂い至福のひとときでした。
 多分ガイドブックにも載っていない(京都のガイドブックを買ったことが無いので定かではありませんが・・・)ので、
 本当に静かな時間を過ごすことができます。


 

 水火天満宮の祭事
   1月1日         歳旦祭
   2月3日         節分祭
   2月12日        六玉稲荷社初午祭
   2月25日        梅花祭
   4月第一日曜     桜花祭
   6月30日        夏越大祓式
   10月第一日曜前日  宵宮祭
   10月第一日曜     神幸祭
   10月10日        例祭
   11月第二日曜     お焚祭
   12月30日        大祓式
   12月31日        除夜祭

2007年02月21日

ファントム・クォーツ

 

 ファントム・クォーツの和名は山入水晶。
 水晶が成長する過程でその成長が停止し再度成長を始めると結晶の内部に淡い山のような模様ができます。
 ファントムは幻影やお化けと呼ばれ、結晶中に淡く浮かぶ何重もの層は年輪のようにも見え、水晶の成長の
 過程が刻み込まれています。


 

 透明感が高く、ふわっと浮き上がったファントムは優しさを感じ、神秘的です。

 長い間に何度も成長を止めながら成長を続けたファントム・クォーツは潜在能力を引き出し、決断力や
 創造力・洞察力を高める働きがあるといわれています。


2007年02月17日

静御前と義経の神泉苑

 

 神泉苑は二条城から5分程の所(お城の真南)にあり東寺真言宗の寺院でご本尊は聖観音です。
 平安京遷都とほぼ同時期に平安京大内裏の南に造営された禁苑(天皇のための庭園)で四季折々の行事が催されていました。
 造営当初は二条通から三条通におよぶ南北400メートル・東西200メートルもある3600坪もある池を中心とした大庭園で、
 常に清水が湧き出すことから神泉苑という名前が付けられました。

 

 しかしながら中世以降は荒廃し、1603年(慶長8年)徳川家康が二条城を造営した時に神泉苑の敷地の多くが城内に取り込まれ
 てしまい非常に小さな規模の庭園となりました。

 

 雨乞いの舞
 824年(天長元年)に西寺の守敏と東寺の空海が祈雨の法を競い、このとき静御前が雨乞いの舞を舞い空海が勝ったことから
 東寺の支配下に入ったといわれています。
 また、神泉苑は静御前と義経が初めて出合った場所ともいわれています。

 そして、小野小町も雨乞いの歌を奉納したそうです。
 ”ことはりや 日の本ならば 照りもせめ さしとてはまた 天か下とは”
 理屈から言ってこの国が『日の本』だから日照りになっても仕方ない。しかし、世界を『天が下』とも言うのだから雨を降らせてくれ
 ないだろうか。



 
 

 法成就池にある舞台と幣殿・本殿
 ご本殿には”善女龍王”が祀られてて、ご真言は”オン メイ ゲシャニエイ ソワカ”で心願成就のご利益があります。
 神泉苑は京都では壬生寺・清涼寺・千本閻魔堂と並ぶ念仏狂言のお寺で、この舞台で神泉苑祭期間中の5月1日から
 5月4日のあいだ大念仏狂言が催されます。
 神泉苑の狂言は鎌倉時代から受け継がれてきた無言劇で京都市の無形民俗文化財です。

 能はチョト苦手ですが狂言はとても楽しく昔から見にっています。
 京都では茂山家がお豆腐狂言としてあちこちで上演されています。

 

 法成橋
 この橋は心に願いを念じながら渡りその想いを橋の向こうにある善女龍王様にお願いすると叶うと言われています。
 胸に抱く守護札は寺務所で授けられます(一体500円)


 
 
 法成橋
 法成就池に架かる朱塗りの法成橋は昼も夜も池に映えとても綺麗です。


 

 お御籤
 静御前が雨乞いの舞を舞った舞台の横にある、かわいい和紙人形のお御籤。
 恋愛を占ってくれるそうです。


 
 

 観月
 神泉苑は大沢の池と同じくらい観月でも有名で、善女龍王社拝殿にて沖縄三線や琴の奉納、龍船の船中でお茶席が設けられます。
 そしてこの観月の時だけ普段は動かさない龍船が法成池をお月見をしながらゆっくりとまわります。
 その昔、月を愛でながらひとときを過ごした、いにしえの平安貴族の趣があります。


 

 恵方社
 日本で唯一の恵方社(歳徳神(としとくじん))で毎年その年の恵方に向けて動かすことができるようになっていて、毎年大晦日の夜、
 住職の読経のあと新年の恵方にお社を回転させます。
 そして今年の恵方は亥子(北北西)の方角です。
 恵方に向かって礼拝すると幸せが授かるそうです。


 

 恵方がどの方向になっても動かすことが出来るように、お社の下の台座(石)が井戸のように円形になっています。


 

 龍口水(りゅうこうすい)
 神泉苑には雨を呼ぶ龍の伝説があります。
 山からのエネルギー(気)が平安京を目指して龍穴に向う線上に神泉苑が配置されていて”龍口水”と呼ばれています。


 
 
 

 矢剱(やつるぎ)大明神
 ご真言は”南無矢剱大明神”です。



 

 増運弁才天
 ご利益・開運守護の弁才天様です。
 ご真言は”オン ソラソバ テイエイ ソワカ”です。


 
 

 祇園祭
 御霊会(祇園祭巡行)は神泉苑にその起源があり7月24 日の後祭りには八坂神社の宮司さんと三若のお神輿が神泉苑に
 お渡りになり祭りの無事を感謝してお祓いを受けられます。

 また、本堂の前には蕪村の俳句の碑が立っています。


2007年02月11日

梅に鶯?

 

 我家の庭の紅梅が今をさかりに咲き乱れています。

 うつくしや 紅の色なる梅の花 あこが顔にも つけたくぞある
 ”あこ”とは道真公の幼名で道真公が5才の時に京都菅原院の庭に咲いている梅の花を見て詠んだ歌です。
 しかし5才の子供が・・・”あの美しい紅い梅の花を私の顔につけたくなりました”・・・びっくりですね…☆^^


 

 ふと目を下に向けると少し早く咲いた花が散り始めています。
 咲いている梅もいいですが、青い苔の上に散った”散り梅”も中々情緒があっていいものです。

 我がやどの 梅の下枝(しづえ)に あそびつつ 鴬鳴くも 散らまく惜しみ 
 我家の梅の下枝で、遊んでいる鶯も梅の花が散るのを惜しんで鳴いている・・・
 万葉集の頃は”花”といえば桜ではなく梅のことをさし、梅は万葉集では119首も詠まれていて鶯が登場する歌もたくさんあります。


 
 

 ”チィチィー”という声につられて上を見て見ると・・・、緑の小鳥が・・・
 「おっ、うぐいすか?」
 でも、鳴き声が違うし、目の周りが白い。

 そう、鶯でなく”メジロ”です。
 ”梅に鶯”といいますが、鶯よりメジロのほうが梅にはよくやってくるようです。


 
 

 メジロの体の色は橄欖緑色(かんらんりょくしょく)といい、橄欖とはオリーブ色のことです。
 そして石ではイブニングエメラルドという異名を持つペリドットの色です。
 眼の周りに白い輪があることから”メジロ”と呼ばれています。
 英語でもWhite-eyeと呼ばれています(そのまま!!


 
 

 この季節、梅だけでなく椿や山茶花・蝋梅、万両量・千両を目当てにメジロだけでなく、しじゅうがら・やまがら・つぐみたちの小鳥が
 さえずりながら花の蜜を吸い楽しそうに飛びかっています。
 特にメジロは花の蜜など甘い物が好きみたいで、それ以上にミカンが大好きなようです。


 
 

 ミカンを見つけた一匹のメジロ、”チィーチィー”と鳴いて近くにいる仲間を呼んでいます。
 すると早速一匹の仲間がやってきました。
 でも直ぐにはミカンには近づきません。
 生垣の木の枝から様子を見ています。
 この二匹、仲良さそうなので恋人同士か夫婦かもしれません(*^∇^*)ノ


 
 

 メジロの体重は10gほどでの小さな体で動きが大変素早いです(写真撮りにくい
 そしてとても警戒心が強いのかいつも枝葉の中にいます。
 だって、生い茂っている千両の木の中に入り込み赤い実と遊んでいますし、シャッター音だけで飛んで行ってしまいます。


 
 

 メジロはとても綺麗な若草色の体に、目の周りが白いとても可愛い愛嬌のある顔をした鳥です。

 ”めじろ押し”・・・何時も群れをなして木の枝などにたくさん並んでとまることが語源です。

2007年02月08日

さよなら大好きな人

 


 今日の空のように心が久々に泣いています。


 ふと立ち寄ったコンビニで流れていた懐かしい歌。
 心の中でメロディーを口ずさみながら戻ってくると、以前の会社の部下からメールが・・・
 タイトルを見ただけで分かりました。

 ”○○さんの件”

 以前の会社で直属の上司だった人です。
 私が唯一心を許せた上司だったかもしれません。
 いつも二人で遅くまで残業して頑張っていました。
 そのときはまだ元気でした。
 私の退職後しばらくしてから癌に侵され入院をされたのですが、元気になって退院され職場復帰されていたのに。
 数ヶ月前から再発し闘病生活に入られていました。
 最後に話したのは一年ほど前です。


 

   
 流れていた歌は、花*花の”さよなら大好きな人”です。
 女性が失恋した歌ですが、なんとも言えないタイミングでかかっていただけに愕然です。



   さよなら大好きな人 さよなら大好きな人 まだ大好きな人
   くやしいよとても 悲しいよとても もう帰ってこない
   それでも私の 大好きな人


   何もかも忘れられない 何もかも捨てきれない
   こんな自分がみじめで 弱くてかわいそうで大きらい


   さよなら大好きな人 さよなら大好きな人 
   ずっと大好きな人 ずっとずっと大好きな人
   泣かないよ今は 泣かないよ今は    
   心はなれていく それでも私の大好きな人


   最後だと言いきかせて 最後だと言いきかせて
   涙よ止まれ 最後に笑顔を 覚えていおくために
   さよなら大好きな人 さよなら大好きな人
   ずっと大好きな人 ずっとずっと大好きな人
   ずっとずっとずっと大好きな人

     (唄:花*花 2000年)



 20070208-2.jpg



 大好きな人との別れは本当に辛いです、悲しいです。
 あの人懐っこい笑顔が今、目の前を走馬灯のように駆けめっぐています。
 


 Nさん、安らかにお休みください。
 心からご冥福をお祈りいたします。
             合掌  

2007年02月07日

愛しき日々

 


 親が子を殺したり、子が親を殺したり・・・

 議員や役人・教師・経営者の無責任な発言や言い逃れ・・・

 談合や税金の無駄使い・・・

 異常なまでの暖冬・・・

 何か歯車が狂っている!!


   風の流れの激しさに 告げる思いもゆれ惑う
   かたくなまでの 一筋の道 
   愚か者と笑いますか
   もう少し 時がゆるやかであったなら
 
   雲の切れ間に輝いて 空しき願いまた浮かぶ
   ひたすら夜を 飛ぶ流れ星
   急ぐ命を 笑いますか
   もう少し 時がやさしさを投げたなら

   愛しき日々の はかなさは
   消え残る夢 青春の影

   きまじめすぎた まっすぐな愛
   不器用者と 笑いますか
   もう少し時が たおやかに過ぎたなら
   愛しき日々は ほろ苦く
   一人夕日に 浮かべる涙

(愛しき日々 作詞 小椋佳 作曲 堀内孝雄 1986年)


昨日までが愛しき日々なら、今日も明日も愛しき日々にしたいです。



 新しい時代を作るためには何かが犠牲になる事も時にあります。
 でも今は犠牲になることや人が多くて・・・
 少しでも世の中が良くなればいいのですが・・・



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 <上の写真>
  何気なく立ち寄った神社にて。お御籤を結ぶ女性だけが光に照らされていてすごく綺麗でした。(NIKON D80で撮影)
 <下の写真>
  シャコバサボテン(NIKON D70Sで撮影)
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2007年02月04日

松尾大社の節分・石見神楽で厄除け


節分会
節分の3日、京都中の神社やお寺が色々な趣向を凝らした厄除けの追難(節分会)が催されます。
有名な壬生さん、八坂さん、吉田さん、お稲荷さん、北野の天満さん(京都はこう呼びます)は人が滅茶苦茶多いので
家から近い、酒造の神として信仰されている松尾大社の”節分大祭”にでかけました。

昨年の壬生寺の節分の様子はこちら>>>


松尾大社の節分大祭
松尾大社の節分大祭は本殿で祭事が執り行われ、神楽”鬼の舞”があり、宮司による豆撒きで疫鬼を払いながら拝殿に昇殿し追儺行事がおこなわれます。
その後、鳴弦引目の神事、四方奉射の神事、福豆と福餅撒きが行われます。

石見神楽
神楽は島根県益田市無形文化財の石見神楽が奉納されます。
石見神楽は島根県の西部、石見地方で今でも盛んに行われている伝統芸能で、豪華な衣裳を纏い・凄しい形相の面を付け・激しい動きで舞われる神楽で、古事記・日本書紀等の物語や伝説などを演目の題材としています。


種神楽保存会の発祥は古く、江戸時代末期頃、氏子が種地区神社の祭典等に(下巫女(したみこ))として宮司に仕え、共に舞っていたことから始まります。 
明治の初め、「神職演舞禁止令」により神職神楽が廃止され、当時の氏子達が集まり下種座を結成しやがて、下種座と宇治座が一つになり種神楽座となったようです。

神楽といえば神社のお祭りというイメージがありますが現在は全国各地の催し事にも積極的に出かけて行っているそうです。
そして種神楽座は150年もの歴史があり昭和52年5月23日益田市民俗芸能無形文化財指定の認定を受けました。

 




奉納されたのは”鬼の舞”、軽快な太鼓の音の中7匹の鬼がクルクルと回転したり、鬼棒で床を叩いたりと迫力のある舞です。

 








凄い、華麗!!
石見神楽の見所の一つでもある非常に豪華で美しい衣装!!

石見神楽では衣装を舞衣(まいぎん)とよばれ、明治15年ごろの神楽の大改革以来次第に豪華になり各神楽座が互いに華美を競い合うようになりました。
金襴を始め黒ビロード地などに金糸・銀糸を使って昇り竜や唐獅子などの刺繍が施された衣装は大変重たく踊り手にとっては大変なことです。しかしこの衣装の重さに耐え激しく動き回る神楽の醍醐味は圧倒されます!!








石見神楽のお面は以前は木彫りでしたが明治の神楽大改革のときに和紙による軽いお面に改良されました。
現在の和紙面は二十枚程の和紙を重ね張り表面に胡粉(ごふん)を塗った上に彩色して仕上げられています。
また石見神楽のお面は、独特の「へしみ」と呼ばれる口を折り曲げてものを言わない形相をしています。

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和太鼓
不思議な力を秘めている”和太鼓の響き”。
この和太鼓の響きが絢爛豪華な衣装を纏い踊りまわる神楽を一層見る人を引きつけているといえます。




参拝者の厄除けを祈ってか、鬼が拝殿からでポンポンと頭をたたきます。




この鬼さん、小さい子には大人気です。
そしてとっても優しいです。小さい子が手を差し出すと一人一人に握手をしてくれます…☆^^
この写真が今回の写真のなかで一番のお気に入りです!!






そしてこの赤ちゃん。
いかめしい鬼に抱かれても泣くことなく平然としています!!


神楽の起源
神楽の起源の最も古い記録は古事記や日本書紀に書かれている”天の岩戸の前でアメノウズメノ尊の舞”といわれています。
それ以来神楽は我が国固有の芸能として発展してきました。
伊勢神宮や宮中で行われる神楽を”御神楽(オカグラ、ミカグラ)”、庶民に伝承されている神楽”里神楽”といいます。
この”里神楽”が時代の流れにより”能」”や”歌舞伎”になったといわれています。

 

神楽の語源
神楽は「神座(かむくら)」が転じたものといわれています。
神座は神様が降臨する場所のことで、そこに神々をお招きし鎮魂のためのに舞を踊ったといわれています。
石見神楽の絢爛豪華な衣装は見ている人を夢の世界に誘い、舞手の厳粛な舞は神話の世界を彷彿させます。

 


拝殿の最前列、かぶりつきで見ていたルッチーの頭の上で舞ってくれました。
おかげで、とても迫力のある写真を撮る事ができました(=^ー^)ノ彡☆゜・。・゜★





鬼はどこに行った?
気がつけば鬼は参拝者の中に入り込んでいます。
しかし、鬼もココまで!!






本殿から豆をまきながら出てきた宮司たち神職によって追い払われます。
これにて神楽は終了です。


鳴弦引目と四方奉射神事
疫鬼の退散を念じ”松尾の神に祈らむ梓弓 弦の音聞けば悪魔退く”と称えられ鳴弦引目の神事がおこなわれます。
そして拝殿の四方四隅で天下の災厄を祓い清めるため先ず東北の隅から”四方奉射の神事”が行われました。


そして最後は福男・福女による”福豆・福餅撒き”です。
みんな福を授かろうと必死です(゚▽゚;)アチャー!!
帽子をだしたり、大きな紙袋を広げたり。


写真の撮影に忙しかったルッチーはかなり出遅れてしまいました─(゚Д゚)→ プス
しかし、福餅をGetしました。
それも3つも!!
前の方にいた人が「一つも取れなかった」とぼやいていました・・・
これで今年は良い事がありそうです。


そして帰りにこの季節にピッタリの和菓子を買って帰りました。
節分の翌日は立春、春はもうそこまで来ています。

梅一輪 一輪ほどの あたたかさ(服部嵐雪)

しかし、我家の早咲きの梅は早くも散り始めています。


最後まで読んでいただきお疲れ様でした。

2007年02月02日

幻の霊石・疱瘡石にタッチ!!

今日は春日神社の隣にある客先で打合せ!!
ふと、疱瘡石が気になりチョッコトお参りに行ってみると・・・・
ナナント〜〜〜、本殿前にポツンと置いてあるではないですかw(☆o☆)w オオー!

なんでも、節分なので出したとの事です☆^v(*^∇')乂('∇^*)v^☆ヤッタネ!!

おまけに、お昼下がりだったのでおまいりに来ている人は殆どいません。

ゆっくりと拝ませていただき、じっくりと触らせていただきました♪♪v(⌒o⌒)v♪♪イエーイ



みなさんには直接触っていただく事は出来ませんが、しっかりと写真を撮ってきましたよ(=^ー^)ノ彡☆゜・。・゜★
このblogを読んで下さっている皆さんが健康でいられますように・・・

疱瘡石の大きさは巾10cm、高さ30cmほどで、石の表面はしっとりと濡れているような感じでした。
以前、オークッションでGetした特大水晶単結晶とどことなく形が似ている気がしました(〃ー〃)