女人守護の市比賣神社


市比賣神社は通称”いちひめさん”と呼ばれ京都中央市場の守護神であり、女性をお守りする神様で”京都十六社
朱印めぐり”の一社です。
申年のみに下着のお守りが販売され、下着と一緒に箪笥にしまっておくと、婦人病にご霊験あらたかといわれています。
全国に多くある”市姫社”はこの神社の分社です。

市比賣神社は平安京が制定された翌年の795年に東西市(官営市場)の守護神として桓武天皇の勅命により
藤原冬嗣公が堀川七条(東市座内の七条坊門)に1300坪を境内として御鎮座され、1591年に豊臣秀吉の都市改造
により現在の地(京区河原町通五条下ル)に御遷座されました。
中世には空也上人が神託により市屋道場を開創し一遍上人が境内で踊り念仏を演じたといわれています。
21年目毎に御本殿を建て替える”式年造替”の制度があり、足利将軍家や花山院家により幕末まで行われていました。
昭和2年に日本で初めて京都に「中央卸売市場」が開設されたとき、構内に市比賣神社の分社「市姫神社」が祀らました。

御祭神
御祭神が全て女神様をお祀りしているため”女人厄除け”の神様として全国から多くの女性が参拝に訪れています。
御祭神は神大市比賣、市寸島比賣、多岐都比賣、多紀理比賣、下照比賣の五女神。
御祭神の神大市比賣は、大山祇の娘で素盞鳴の妻で、宇迦之御魂・大年・大国主の母です。
市寸島比賣と多岐都比賣・多紀理比賣は宗像三女神で下照比賣は大国主と多紀理比賣の娘です。


お食べ初め
生後50日目(と百日目)に”五十日百日顆之餅(いかももかのもち)”を授かり子供に食べさせ成長を祈るもので、
安徳天皇の記録を初め花山院家や足利家歴代の史記にも見られ、現在の”お食初め”発祥といわれています。
今も皇族や旧家では当社より餅を頂いているそうです。
市姫の神の忌垣のいかなれや商物に千代を積むらむ(為頼朝臣集)



本殿
本殿は神社としては大変珍しい”北向き”に建てられています。
これは天正の御遷座の折り、皇室守護の神社として御所を望み北向きにされたと伝えられています。
全国的にも珍しい御神像(秘像)は平安時代の作で母神が童神を抱いており慈愛に満ちた姿といわれおり、
創建以来歴代皇后の信仰を集め”皇后陛下勅願所”として、現在でも御安泰のお守り「女人守り」を献上しているそうです。




姫みくじ
運を占うお御籤です。
占った後は持ち帰ってお守りにしたり、願い事を書いて一願成就の井戸”天之真名井”に奉納します。
(一体 600yen)。
天之真名井
洛陽の七名水として知られているご神水「天の真名井(あまのまない)」は歴代天皇の産湯に用いられたと伝えられ、
今でもお茶会で使われています。

で、この御神水を貰いにくる人も多く、そのためにこのような水道が設置されています。
便利なことはいいですが、チョット”無粋なこと”どす。


一願成就まいり
絵馬を掛け”天之真名井”の御神水を呑み手を合わせてお祈りすると、一つの願い事が叶うと伝えられています。
(願掛け絵馬は300yen)



カード塚
1988年にカード型のお守りを奉納するために作られ、塚の周りの溝は”天之真名井”のご神水によって清められています。
その後はカード型お守りだけでなくクレジットカードや病院の診察券がなどが収められるようになりました。
カード型のお守りは全国初で1枚500円です。

おとう鈴
お手洗いのお守りで、病や事故を防ぎ鈴の清々しい音が不浄を祓うといわれています。
”おとう”の名前の由来は古く建築の東方のお手洗いを建てると家が栄えると言われたことから”御東”と称される
ようになり、現在でも宮中ではお手洗いを”おとう”と呼んでいます。
古来より妊婦がお手洗いを掃除すると安産で元気な子供を授かり、お七夜の夜は子供をお手洗いに連れ、健康
を祈る習慣があります。
日本の家屋では全ての部屋に神が宿るといわれ、特に日常生活で最も必要なお手洗いを清潔にし守り神を拝め
ることは最も大切なことといわれています。
(一体 1,500yen)


驚き!!
ふと目を上に向けて見ると・・・
ぎょえ〜〜、市比賣神社の上はマンションでした!!
境内はマンションやビルの中庭のような感じでした。

市比賣神社の祭事
1月1日 歳旦祭
2月3日 女人厄除祭
3月3日 ひいなまつり
4月15日 京都中央市場春祭
5月13日 春季大祭
6月30日 水無月祭(ひとがた流し)
9月9日 重陽祭・カード感謝祭
11月13日 秋季大祭・火焚祭
12月11日 京都中央市場秋祭
※毎月13日 月次祭




















































































