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2007年06月30日

もりやま芦刈園(アジサイ)

 
 もりやま芦刈園
 滋賀県守山市にある”もりやま芦刈園”にアジサイを見に行ってきました。

 
 もりやま芦刈園は”琵琶湖博物館”などがある烏丸半島のすぐ近くにあり、地域の特性を生かした水辺に親しめる公園として開園しました。

 
 園内にはアジサイだけでなくバラやぼたん・花しょうぶ・萩などがあり美しく手入れされています。
 そして時々、琵琶湖からの涼しい風が吹いてとても気持ちがいいです。

 
 園内には日本のあじさい50種類5,000本と西洋のあじさい50種類5,000本、色も形も大きさも様々なアジサイが一万本もあります!
 パンフレットのキャッチコピー通り”世界のあじさいの殿堂”です。

 
 もりやま芦刈園のアジサイの見頃は6月上旬〜7月中旬です。
 アジサイの見頃の時期には”アジサイまつり”も開催されています。

 
 
 園内は遊歩道や東屋・芝生広場などを設けられています。
 入園料は大人・高校生¥200、小中学生・65歳以上¥100(駐車場は無料でした)

 
 エモビラ

 
 アナベル

 
 イヨスミサワ(日本アジサイ)

 
 
 紅額アジサイ(日本アジサイ)

 
 トーブ(西洋アジサイ・マクロフィラ)

 
 
 インデルメディア

 
 ロッドケルヘン

 
 アトランティック(西洋アジサイ・マクロフィラ)

 
 シフケローズ

 
 エモビラ

 
  柏葉アジサイ
 北米系の紫陽花のひとつで葉っぱが”かしわ”に似ています。

 
 
 花火アジサイ(墨田の花火)
 花柄が長く花火を打ち上げたようで八重の白いガクアジサイです。

 
 七段花
 幻のアジサイと言われていたアジサイです!!
 シーボルトの著書「日本植物誌」に記載されていましたが、その後は誰も見ることのなかったアジサイ!
 1959年に神戸の六甲山で発見され、その株を挿し木する事により増株されていったそうです。

 
 八重柏葉アジサイ

 
 フェルトン
 
 ミセスペップバーン

 
 ”アジサイまつり”
 地元の人たちです!
 歌って踊って、、、最高に面白かったです!!
 ”おひねり”も出てました(^・^)
 
 
 
 
 
 右側の人が”ツボ”でした!!

 
 東屋ではお茶の接待もしてます。
 歌って踊って、喉が渇いたので皆さんも少し休憩するみたいです。

 
 
 園内にはアジサイだけでなく花ショウブもきれいに咲いていました。

 
 キンシバイ(金糸梅)
 中国中部原産の半落葉低木でふっくらとした黄金色の花がとてもきれいです。

 
 
 花弁の形と雄しべの様子は金色の梅です。

2007年06月19日

佐川美術館

 
 佐川美術館
 佐川急便創立40周年を記念して琵琶湖の景色が綺麗な滋賀県守山市に1998年に開館しました。
 収蔵作品は仏教やシルクロードをテーマとした連作や、奈良・薬師寺の壁画で名高い日本画家・平山郁夫と現代具象彫刻の
 第一人者の彫刻家・佐藤忠良の作品が中心です。

 
 切妻造の大屋根
 余分な要素を排除したシルエットは、敷地の大部分を占める水庭の美しさとあいまって、「空間」と「光と影」の美しさを際立たせ、
 周辺の風景と一体感のある美しさを創造します。(佐川美術館サイトより抜粋)


 
 アートステージ
 佐藤忠良氏がこのスペースをイメージして制作した”萌”が配されたアートステージは、大きく張り出した切妻屋根とさざなみをたたえて
 広がる水面に包まれた空間。
 毎年恒例のトワイライトコンサートはじめ、各種イベントが開催されます。

 
 回廊
 缶内の廊下はキラキラ輝く太陽光が水庭に反射し入り込んでいてとても綺麗です。

 
 外廊と水庭
 列柱と水庭の空間がとても気持ちがよく、光と風を映して揺れる水面はさまざまな表情を見せてくれます。

 
 平山郁夫展示室「平和の祈り」
 仏教伝来をテーマにシルクロードシリーズを描き続ける平山郁夫氏の作品を佐川美術館所蔵の300点余からテーマごとに
 常時60点余り展示されています。
 年間3回程度の展示替えを行い、東西文化交流の道から日本文化の源流に迫る平山郁夫の世界を紹介しています。
 今回のテーマは「新収蔵品公開記念展 平山郁夫 大唐西域画」でした。

 
 三彩馬

 
 釈迦如来像
 パーラ朝、ナーランダー出土(インド):10世紀頃

 
 天竺への道、玄奘
 玄奘三蔵の天竺への求法の旅は、今日の国名でいうと、中国・ウズベキスタン・アフガニスタン・パキスタン・ネパール・インドです。
 唐代の高僧で法相宗の始祖でもある玄奘三蔵は幼少にして出家し、修行時代には中国各地を歩きました。
 しかし、やがて天竺へ赴き仏教の教義・経典を求めることを決意し、629年、国禁を犯して国境を破り西域への旅にでました。
 平山郁夫氏の玄奘三蔵の足跡をたどる旅は1968年7月28日、アフガニスタンのバーミアンからスタートしました。

 
 
 
 アフガニスタンの老人(バーミアンにて)

 
 龍門石窟・奉先寺
 
 ウイグル族の娘 リヤングルさん17歳
 
 
 緑釉鴨(後漢)

 
 釈迦立像(ガンダーラ地方出土、2〜3世紀頃)

 
 左:平和の祈り-サラエボ戦跡
 右:故城下村民帰牧図


 
 平和の祈り-サラエボ戦跡

 
 左:タージ・マハル
 右:ガンジス河畔


 
 佐藤忠良展示室「ブロンズの詩」
 西洋と東洋の垣根を越えて市井の人間の飾らない美しさを表現しつづける彫刻家の佐藤忠良氏の彫刻や素描作品を、
 佐川美術館所蔵100余点の中からテーマごとに常時50点余り展示されています。

 
 

 
 顔は人間や動物の集約的な象徴である。
 彫刻に語らせた多くの顔は、その土地と社会と思想から溢れる生命の歴史。
 単なる視野からではなく、その相手から伝わる全ての感情、記憶や相手への想いにより顔を見ているのである。
 (2004年のインタビューより)

 
 右手前:マント

 
 
 蝦夷鹿

 
 冬の像

 
 隣接している球戯場

2007年06月09日

閑院宮邸跡と京都御所の猫

 
 閑院宮邸跡(かんいんのみや)
 歴史的価値が高い京都御苑の西南角にある閑院宮邸跡の建物と庭園の修復工事が終わり、2006年4月6日から一般公開
 が行われています。
 閑院宮邸跡は江戸時代から続いた閑院宮家の屋敷跡で、200もの宮家や公家の邸宅が立ち並ぶ公家町であった京都御苑
 に現存する唯一の公家屋敷跡です。

 
 閑院宮家は伏見宮家、桂宮家、有栖川宮家と並ぶ江戸時代の四親王家の一つで、1710年に東山天皇の第8皇子直仁親王を
 始祖として創立され、公家町南西部のこの場所に屋敷を構えました。
 創建当初の建物は天明の大火(1788年)で焼失し、その後再建されていますが、現在の建物との関係など詳しいことはわかって
 いません。

 
 この場所が閑院宮家の邸宅として使用されたのは、明治2年の東京遷都に伴い閑院宮家が東京に移った明治10年までです。
 閑院宮が東京に移られてからは華族会館や裁判所として一時使用され、御苑の整備が一段落した明治16年に旧宮内省京都
 支庁が設置されました。
 現在の建物はその時に新築されたという記録があり、当時存在していた閑院宮邸建物や材料が使用されたと推測されています。

 
 
 第2次世界大戦後の昭和24年、京都御苑が国民公園となってからは、厚生省、のちに環境庁の京都御苑管理事務所などに
 使用されていました。
 平成18年3月に改修工事を終え、京都御苑の自然と歴史についての写真・絵図・展示品・解説を備えた収納展示室と庭園な
 どを開放しています。


 
 玄関から展示室への廊下。右は中庭、レクチャーホール

 
 庭園から見た閑院宮邸跡
 敷地内東南には庭園の一部として池が遺されています。
 事前の試掘調査で新旧の池底や州浜状の石敷きが確認され、当初の庭園は18世紀中ごろに作庭されたそうです。
 今回の整備では作庭当時の遺構は保存し、その上に緩やかな州浜を設け作庭当時の池の意匠が復元されています。


 
 
 収納展示室
 様々な写真や絵図などがあり、京都御苑の自然と歴史について詳しく知ることが出来ます。
 
 東福院門入内図屏風(とうふくもんいん じゅだいずびょうぶ)
 徳川秀忠の五女・和子(まさこ、のちの東福門院)の嫁入り行列が描かれています。
 嫁入り道具だけで560個もあり、徳川家の威信が示されています。

 
 大内保存御沙汰書
 明治維新まで御所を中心に公家屋敷が建ち並んでいた現在の京都御苑一帯は、東京遷都により荒廃してしまいました。
 1877年(明治10年)に久しぶりに京都に戻った明治天皇はその様子に驚き・哀しまれ、御所保存・旧観維持を命じられた事で、
 京都御苑整備の原点ともいえる大内保存保存事業が開始されました。
 この文書はそのときの「大内保存御沙汰書」で「京都大内(御所)は千年余の皇居であるが、東幸後未だ数年に過ぎないのに荒廃し、
 九門以内も荒蕪となったので、特旨を以って本年より明治21年まで毎年内庫の金4千円を給付する。
 京都府においては保存の方法を設け、永く旧観を失わぬように」という旨が記されています。

 
 虹梁とかえる股
 天井に虹梁(化粧ばり)とかえる股を置き、化粧屋根裏天井となっています。

 
 州浜(すはま)
 州浜は京都御所や桂離宮などに見られ、海辺の壮大な景色が表現されています。
 宮廷の庭園で見られる州浜が、閑院宮邸で確認されたことに注目されています。

 
 鵺伝説(ぬえ)
 平家物語「鵺」の章に、妖怪が毎夜現れて天皇をおびえ苦しめたため、源三位頼政にその退治を命じる一説があります。
  頭は猿、むくろは狸、尾は蛇、手足は虎の姿なり。
  鳴く声鵺にぞ似たりける。
  おそろしなんどもおろかなり(恐ろしいどころではない、大変恐ろしい)。
 縫えはトラツグミの別名で、冬の深夜に不気味に鳴くので妖怪の声に例えられたようです。

 
 御所のもみじ
 新緑のもみじと、新芽の濃い赤色が美しい野村もみじ。

 
 御所の細道
 御所の中の道は砂利がかなりの厚みで敷き詰められています。
 これでは自転車で走るのは大変しんどいで寿司、転倒しそうになります。
 でも、自転車が長年走りつづけたおかげで自転車の走行跡がとても走りやすくなっています。

 
 くつろぐ猫
 余りにも無防備で寝ている猫を発見!!
 猫は苦手ですが生まれて初めて猫の写真を撮りました。

 
 収納展示室
 休館日  :月曜日・年末年始(12月29日〜1月3日)
 参観時間 :午前9時〜午後4時半 ※受付は午後4時まで
 入場料   :無料
 庭園
 参観時間 :午前9時〜午後4時半
 入場料   :無料

2007年06月01日

中ノ島公園のバラ

 
 大阪中ノ島公園にあるバラ園を見に行ってきました。
 花の最盛期は少し過ぎていたため、遠めには綺麗ですが近づいて見ると結構花が痛んでました。
 綺麗な花を撮るのに結構苦労しました。

     
     高雄

 中ノ島公園は1891年(明治24年)に大阪市が初めて作った公園です。
 堂島川と土佐掘川にはさまれた延長約1.5km、面積10.6haの緑あふれる都心のオアシスで、川の流れと中央公会堂、
 府立中之島図書館などの重厚な建築物が緑に映え、美しい景観を見せています。
 その公園の一角に東西約500m、89品種、約4000株のバラ園があります。

 
 ふれ太鼓



 摩天楼のような大阪のオフィス街にある都心のオアシス的な公園です。
 また、淀屋橋から肥後橋まで延長400mの中之島緑道は、ケヤキ、ツバキ、ツツジなどの緑とともに表情豊かな10体の彫刻が
 設置され心やすらぐ遊歩道となっています。

 
 
 ピース フランス・メイアン 1942年作出 

 
 チャールストン オーストラリア・ラムジ 1966年作出 

 
 ジャニーナ ドイツ・タンタウ 1974年作出 

 
 オーナー アメリカ・ウォリーナー 1980年作出 

 
 パパ・メイアン フランス・メイアン 1963年作出 

 
 
 ショッキング・ブルー ドイツ・コルデス 1974年作出 ・・・ 色はブルーじゃないのにショッキング・ブルー!?

 
 ユーロ・ピアーナ オランダ・デライター 1963年作出 

 
 
 フリージア ドイツ・コルデス 1973年作出 

 
 
 シュネービッチェン ドイツ 1958年作出 

 
 ディスティニー フランス・メイアン 1989年作出 

 
 花かすみ 日本 1984年作出 

 
 マガリ フランス・メイアン 1986年作出

 
 公園にはバラだけでなくパンジーやベニジュームなどが綺麗に咲いていました。

 
 寒色だけで配置されていたパンジー。
 見ているだけで清々しくてとても涼しげなイメージでした。

 
 ペチュニア

 
 ハイビスカス

 
 外灯の柱には、見事なバラの花や蔓が施されていました。

 
 バラの花を写真に撮る人だけでなく、キャンバスに描いている人もおられました。
 この方はこの絵をもとに大きな日本画を描かれるそうです。