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美山かやぶきの里と石田家住宅

 
 美山かやぶきの里
 美山川沿いに雛壇状に形成された集落で、茅葺き屋根の家屋が建ちならび農村の原風景ともいうべき風情が見られます。

 
 かやぶきの里北村は現在50戸中38戸がかやぶき屋根の建築の集落で、集落でのかやぶき建築数は
 岐阜県白川村荻町、福島県下郷村大内宿に次ぐ全国第3位です。

 
 伝統技法による建築物群を含めた歴史的景観の保存度への評価が高く、平成5年12月に国の重要伝統的建造物群保存地区の
 選定を受けました。

 
 集落の入り口には今では見られなくなった、昔ながらの赤ポストがあります。

 
 破風
 小間の一番上にある三角の部分です。
 風通しの役割や昔はすべての家が囲炉裏をたき家中を煙でいぶしていましたので、煙を抜く役割などがあります。

 
 もともとは真ん丸い穴があいていただけですが、ちょうどこの集落にかやぶき民家が建ちだした200年位前から、
 破風にも飾り付けをするようになってきました。
 家紋を彫ったり、魚の形をした彫り物(けんぎょ)を付けたりするようになってきました。
 この集落には8種類程度の家紋が施されています

 




重要文化財・石田家住宅
 
 慶安3年(1650年)建立。
 北山型の農家住宅としては日本最古のもので、昭和47年に重要文化財に指定されました。
 現在は外観のみ公開されていて、土・日は家屋内部も見ることができます。

 
 外は縁側となっています。
 障子が無く板戸で仕切られているので内部はかなり暗いですが、先人の生活様式を肌で感じることが出来ます。

 
 囲炉裏のある部屋

 <案内板より・・・>

 石田家住宅はしばしば樫原で庄屋を務めた旧家である。
 昭和48年10月より18ヶ月をかけて解体修理がなされ、この時に『慶安3年(1650年)3月11日』の墨書が発見され、
 建立年代が確定され、現在年代の明らかな民家としては最古と言われている。

 
 この住宅は入母屋造、茅葺で西妻側に入口を設ける妻入とする。
 平面は棟通りで表・裏側と二分割され、表側の奥より座敷「オモテ」、下座敷「シモンデ」、馬屋「マヤ」、裏側は納戸「ヘヤ」、
 台所「ダイドコ」、土間「ニワ」と並ぶ。

 
 オモテ(父母の部屋)

 オモテだけが畳敷で、間仕切は板壁と袖板壁片引戸で区切られ、ダイドコとヘヤ境に帳台構(ちょうだいがまえ)が二間並び面白い。
 土間は床面近くまで土を盛上げる「アゲニワ」とする。

 
 台所のクド

 小屋組は棟束と母屋束・繋梁で構成される「吊」字型の「おだちとりい」組と呼ばれる形式で組まれている。

 
 台所(奥は馬屋)

 当家のような独特の形式を「北山型民家」と総称され、旧北桑田郡(現南丹市)を中心とする丹波地方東部に分布し、
 石田家住宅はその最も古い例で、指標となる貴重な民家である。

 
 昔の台所
 
 上の洗い場で使われた水などはココから外に流れ出ます。

 
 祖父母の部屋

 かやぶきの里は多くの人が訪れていましたが、石田家は訪れる人も少なくひっそりとしていました。
 観光地化されていない石田家はお世話をしてくれている地元のおばちゃん達の優しさにホッとしました。
 拝観料も志です。
 石田家の近くにひっそりと佇む大原神社も静かでお気に入りのスポットです。

コメント

茅葺屋根、、かまど、昔長野県の保存されてる家見ました。。。夢願うなら、、1晩泊まってみたいですね。。。公園の紫陽花より、、こういうとこに咲く紫陽花のが似合ってる☆

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