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2008年07月28日

御手洗祭


<下鴨神社の楼門>
下鴨神社 の” 御手洗祭 ( みたらしまつり )” は手洗社の夏の土用の祭札で、平安貴族の禊祓いに由来する 「 足つけ神事 」 です(7月24日〜27日)。
土用の丑の日に多くの老若男女が境内の御手洗川に足を浸し、御手洗社までゆっくり歩き、献灯し罪やけがれを祓い無病息災を祈ります。



ライトアップされた下鴨神社は威風堂々として大変美しいです。


ビニール袋に靴を入れ灯明料200円を納め竹串にさしたロウソクを頂き、輪橋をくぐって”みたらしの池”へと冷たい水の中を歩いていきます。


御手洗川は湧き水のためか思ってた以上にとても冷たく、汗が一瞬にしてひくと同時に気持ちが引き締まりました。
水は膝ぐらいまであり結構深かったです。


御手洗池で膝まで冷たい水につかりながら、無病息災を祈ってロウソクを灯します。
ロウソクの灯が水面に揺らめき、並んだ明かりは何と幻想的なも雰囲気でした。


お祈りを済ませ川から上がるとご神水をいただきます。
ご神水をいただくと諸病にかからず延命長寿の霊験が得られるといわれています。
お味は流石、京都盆地の地下水、とても丸くてまろやかな喉越しで一気に飲み干しました。


<足形祈祷木>
足形に名前と年齢を書き、無病息災・健脚祈願をします。
初穂料:200円


“みたらし団子”発祥の地らしく、みたらし団子が奉納されていました。
みたらし団子は糺の森の御手洗池に湧く水の泡・人の体を表しているという説があり、団子が1個と4個に分かれて刺されています。
京都のみたらし団子は甘い蜜が掛けられていますよ!!


参道には夜店や屋台がずらっと並んでいて、いつもは静かな参道も大賑わいです。

2008年07月22日

御田祭


御田祭は約600年前から松尾大社にて行なわれている虫除けと五穀豊穣を祈る神事で、神前には野菜が供えられています。
お祭りの主役は地元の下津林・松尾・嵐山の3地区から1人づつ選ばれる12歳前後の植女(うえめ)。


本殿では宮司が祝詞を詠み上げ、謡曲が奉納されます。



色鮮やかな衣装に身を包んだ植女は、社前で宮司から神稲(早稲・中稲・晩稲の3種類)を手渡されます。



神稲を手にした植女は壮夫(父親)の肩に乗り、宮司や楽人の先導により拝殿を3周します。



植女の衣装は紗を張ったカイバリ(内掛け)を着て、花などで飾られた花笠を被り、紅白のちりめんのたすきを掛けています。



植女の額には汗が・・・!
この日の京都は35℃を超える猛暑日でしたから・・・(;一_一)



神饌田で植女から苗を譲り受けの祭壇に。
たすき掛けの男女が神饌田の4隅に苗を植えます。


神官が持っていた杖と竹で田の四隅を叩く虫除けの儀が行われ、一連の神事が終了しました。

(7月20日に行われました)

2008年07月17日

祇園祭・宵山

夏の京都に欠かせない行もである祇園祭の山鉾巡行も今日17日無事に終りました。
Blogへのアップが遅くなりましたが、先日の昼間に見てきました鉾や展示物などです・・・。



<蟷螂山・とうろうやま>
大蟷螂と御所車という珍しい組合せの山です。
“かまきり山”とも呼ばれ屋根の上のからくりを施されたカマキリの羽や鎌が動く唯一のからくり山です。
「蟷螂の斧を以て降車のわだちをふせがんと欲す」を題材にした山で「自分の力をわきまえずに大敵に立ち向かうことで勇敢さを賞した」中国の君子の故事に由来しています。


<カマキリのおみくじ>
ハンドルを回すと、扉が開き玉が出てきます。
カマキリが玉を受け取るという仕掛けになっています。





<放下鉾>

鉾の上から下を眺めたところです。



他の鉾は、鉾に上るためには粽(ちまき)を買うか拝観料が必要ですが放下鉾は無料でした!!


鉾の天井です。



三光丸物語
三光丸--鉾頭が日・月・星の三光が下界を照らすことより、久邇宮多嘉王殿下から命名された稚児人形。
木彫りの放下頭巾を被り、右の肩背に真鍮製の唐扇子、左の肩背に采配をさしています。
もともとは生稚児だったのですが昭和4年より人形に変わりました。
巡行の折には稚児と同じように、鉾の上で稚児舞ができるようにつくられています。



放下鉾の新下水引は、華厳宗祖師絵伝をした絵にした綴織です。




<月鉾>
屋根裏の草花図は丸山応挙




<菊水鉾>
昭和28年、88年ぶりに再興された豪華な「昭和の鉾」で稚児人形は菊の露を飲んで長寿を保ったという枕慈童。
町内に古くからあった菊水井戸にちなんで名付けられ鉾頭には金色の菊花をつけます。




<仕込みさん>
ぶらぶら歩いていると前から”仕込みさん”が・・・
仕込みさんとは舞妓としてデビューする前の舞妓見習いさんのことです。



<粽・ちまき>
祇園祭りの粽は食べるものではなく、玄関など門口に疫病災難除けとしてつるしておきます。
昔、素盞鳴命(すさのをのみこと)が旅で一夜の宿を求めたとき、貧しい蘇民将来の家で受けたあたたかいもてなしに対し(富福な家の兄は断わった)そのお礼として蘇民将来の子孫には疫病の厄を免れさせようと約束し、目印として茅の輪を腰に付けさせたのが粽のおこりとされています。
この粽、各山鉾町内によって値段が違うんですよ( ..)φメモメモ





<祈念ふろしき>
福つつみ・縁つつみ・運つつみの3種類の風呂敷があり、みんな思い思いのお願い事を書いていました。
風呂敷屋さんのイベントのようです!




<山伏山>
胴掛や欄縁金具などが飾られています。


<修験者、浄蔵貴所>
右手には苛立数珠、左手には斧を持ち腰には法螺貝をつけ笈(おい)を背負っています。
昔、八坂の塔が傾いた際、法力をもってなおしたと伝えられています。



祇園祭の運営は鉾や山のある各町内が行うのですが、補助制度はあるのですが莫大な費用がかかるため、それぞれの鉾や山では 厄除けの粽やオリジナルのグッズを売っています。




<鯉山>
龍門の滝を登った鯉は龍になるという中国の伝説を基にした立身出世の金言「登竜門」を題材にした山です。
山全体を飾る前懸・胴懸・水引・見送は「イーリアス」トロイア戦争物語の場面を描いた16世紀のベルギー製。
国の重要文化財です。




<黒主山>
謡曲「志賀」を題材にした山です。



ご神体は六歌仙の一人、大伴黒主が桜の花を仰ぎ眺めている姿をあらわしています。




黒地に朱で「黒」と書かれた団扇やTシャツ、そして京都土産の定番である生八つ橋の黒八つ橋が売られていました。
黒主山では数量限定で食べられる粽を売っているそうです・・・(;一_一)





<山伏の巡拝>
聖護院門跡寺院の修験僧がいくつかの山鉾町を周り奉経を行います。




<北観音山>
前掛け・見送り(山や鉾の周りを飾る布)は各鉾や山ごとに特色があります。




<南観音山>





<屏風祭>
宵山の期間中(7/14〜16)に山鉾町内の旧家が家宝の屏風や掛け軸などの美術品を飾り公開しています。
京の町衆の教養や財力の象徴ともいえる逸品は、普段見ることのできない貴重なものです。
上の写真:松坂屋 下の写真:藤井紋




<吉田家>
京都にある典型的な京町屋で日本の坪庭の特徴をうまくあらわしています。
坪庭の奥には座敷がありそのまた奥に広い庭があります。
坪庭には直射日光があたらず、日のさす奥の庭との間に温度差がおきて自然対流により自然の風が涼しげに流れるようになっています。
また葭戸(よしど)も京町屋の夏には欠かせないもので目隠しにもなり、風は通るというすぐれ物です!

2008年07月12日

祇園祭・鉾建て


京都では一昨日の7月10日から祇園祭の鉾建てがはじまっています。
京都のメインストリートである四条通りには長刀鉾や函谷鉾などの鉾が釘を1本も使わず組み立てられています


<函谷鉾>
函谷鉾(かんこぼこ)は、四条通烏丸西入ル函谷鉾町の鉾で応仁の乱(1467〜1477)以前に起源をもち、くじ取らずの鉾として鉾では長刀鉾に次いで第二番目に巡行し鉾櫓、屋根の規模は大きい方である。
鉾の名は中国戦国時代(前403〜221)斉の孟嘗君(もうしょうくん)が函谷関で家来に鶏の鳴声をまねさせて関門を開かせ難を逃れたと言う故事にちなんでつけられている。 (函谷鉾サイトより抜粋)



<月鉾>
月鉾は、真木の中程の「天王座」に、夜と水徳の神の月読尊(つくよみのみこと)が祀られています。
右手に櫂を持ち、月を仰ぐ姿で船に乗っています。


天辺の鉾頭(ほこがしら)に掲げられた、横40cm・上下24cmの金色の三日月お月さま(三日月)です


7月になると、各鉾ともそれぞれの「会所」でお囃子の稽古が始まり、会所の二階でお囃子をするので「二階ばやし」と呼ばれています


「古事記」によると月読尊は、伊弉諾尊(いざなきのみこと)が黄泉の国から戻って、禊祓い(みそぎはらい)をしたときに右眼を洗ったときに生まれた神といわれています。


月鉾は1864年の鉄砲焼けの大火でも、失ったのは真木だけで細部にまでいたる様々な古い豪華な装飾品が残され、いたるところに金属の装飾が施されていて山鉾のなかでも最重量を誇り”動く美術館”と称されています



鉾が今のような形になり豪華な飾りを付けるようになったのは、桃山時代から江戸時代にかけて町人の文化が花開き、海外との貿易が盛んとなる頃からです。
中国やペルシャ、ベルギーなどからもたらされたタペストリーなどを各山鉾に飾るようになり、山鉾は「動く美術館」とも呼ばれ、町衆の力によって祭りの伝統は現代まで守られています。



<放下鉾(ほうかぼこ)
胴体になる胴組みを、釘を使わずに荒縄だけで組み上げます。
放下鉾の名前は真木のなかほどの「天王座」に放下僧の像を祭ることに由来しています。
放下僧とは街角で芸をしながら仏法を説いた僧です


真木
20数mもあり、根元の方は木材ですが中ほどからは竹。
釘は使わずにうまく繋がれていきます


古書には鉾の真木が長すぎて悪口を言われ少し切詰めたと書かれています。



鉾が建ちはじめ、室町界隈ではセールの準備を始め、いよいよお祭らしくなってきました。

2008年07月09日

メタセコイア並木


滋賀県北西部にあるマキノ高原へのアプローチ道として、昭和56年「マキノ土に学ぶ里」整備事業の一環として植えられたのが始まりの高原らしい景観のメタセコイア並木。


2.4kmの一直線の道路の両サイドには約500本のメタセコイアが植えられています。
メタセコイアは中国原産の落葉高木で、和名はアケボノスギ。
樹高は35m。
最大樹高が115mにもなるといわれるセコイアに似ていることから、メタ(変形した)セコイアと名づけられました。


このメタセコイア並木は四季折々の美しい景色が魅力です。
特に春の新緑、冬の枝に雪が積もった姿が最高です!!


美しい景色と爽やかな風、新鮮で美味しい空気を満喫しました!!


並木の横には、いろいろな果樹園があったり四季折々の花が咲いていました。


<ライラック>


<淡紅色の色彩が優しいタニウツギ(谷空木)>

※お詫びと訂正
上の2枚の写真の説明に誤りがありました。申し訳ありませんでした。
ライラックの花はカリンの花です。
タニウツギは姫オドリコソウです。
ルッチーの間違いを指摘していただいたmomongaさん、ありがとうございました。