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2010年06月22日

飯盛山とさざえ堂

<飯盛山 >
戊辰戦争の時に白虎隊自刃の地として有名な飯盛山は福島県会津若松市にある標高314mの山です。
階段を登るのが大変な人向けに”飯盛山スロープコンベア”があります(昇りだけです)。

<自刃の場所>
白虎隊士中二番隊が、戸ノ口原の戦いでの奮戦空しく撤退する際、この地で鶴ヶ城周辺の武家屋敷等が燃えているのを落城と錯覚し、もはや帰るところもないと自刃した場所です。
そして白虎隊士石像(↓)がのぞんでいる方向が鶴ヶ城です。

正面の墓は1868年の戊辰戦争で個の飯盛山で自刃した19名の隊士のお墓です。
自刃した隊士の遺骸は西軍により手をつけることを禁じられていましたが、約3カ月後村人により、ひそかに近くの妙国寺に運ばれ仮埋葬され、のちにこの自刃地に埋葬されました。
右側のお墓は31名の白虎隊士のものです。

<旧正宗寺三匝堂>
飯盛山の中腹にある、通称”さざえ(栄螺)堂”で昭和57年に国指定の重要文化財(建造物)になりました。
六稜三層形式向拝月・銅板葺きの建物の中は上りと下りで同じ道を通ることなく通り抜けられる仕組みになっています。

入口を入ると右回りにらせん状のスロープで登り、頂上の太鼓橋を超えると今度は下りの左回りのスロープとなっていて出口へと通じています。

頂上の太鼓橋。

スロープの内側には西国札所の三十三観音像が祀られ、一度はいると巡礼を終えたことになり、江戸時代における庶民のための身近な巡礼の建物だったそうです。

<戸ノ口堰洞穴>
約400年前に猪苗代湖の水を会津地方に引くために人工的に穴をあけられた洞穴で、白虎隊士中二番隊は戸の口原に布陣している見方軍応援のため派遣されましたが”戦に利あらず”、お城の安否を確かめようと歸城の途中隊士20名が通過した洞穴です。

2010年06月16日

裏磐梯五色沼

五色沼は標高約800メートル、大小約300の湖沼群が点在する裏磐梯高原にあり沼ごとにコバルト色、緑、赤、青などの水をたたえています。

五色沼、正式には五色沼湖沼群といい毘沙門沼、赤沼、みどろ沼、弁天沼、瑠璃沼、青沼などの沼で構成されています。

歩いて1時間ほどの五色沼自然探勝路が整備されていて、そこからの磐梯山の眺は最高です。

五色沼自然探勝路の入口には裏磐梯の自然をパネルや標本などで紹介している裏磐梯ビジターセンターがあります。

1888年7月15日、磐梯山北側にあった小磐梯山が小規模な水蒸気爆発によって山体崩壊・岩屑なだれを起こし崩壊した山体が川をせき止め、数百の湖沼が出来た。
大きいものには、秋元湖、小野川湖、桧原湖がある。それらに挟まれた桧原湖の南東にある数十の湖沼群・地域が五色沼と呼ばれる。流入している火山性の水質の影響や、植物・藻などにより、湖沼群は緑、赤、青などの様々な色合いを見せることが名称の由来である。(ウィキペディアより)

2010年06月08日

大内宿

大内宿は福島県南会津郡下郷町にある江戸時代の宿場の面影を今もそのままに残している山間集落です。
昨年の秋旅行で行けなかった大内宿・さざえ堂など会津若松のリベンジ旅行です。

全長約450mの往還に沿って、道の両側に妻を向けた寄棟造、茅葺の民家群がほぼ等間隔に建ち並んでおり、伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているものとして、重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
1981年(昭和56年)4月18日に選定されたもので、宿場町としては長野県の妻籠宿、奈良井宿に次いで、全国で3番目である。(Wikipediaより)

遠目で見ると江戸時代にタイムスリップしたような景色です。
大内宿の街道は会津西街道または下野街道と呼ばれ、江戸時代には会津藩や米沢藩・新発田藩の参勤交代に使用され、また廻米や生活物資、旅人が街道を行き交っていました。

しかし明治維新後は街道制度が廃止され、明治17年に現在の国道121号線の開通により大内宿は人々から忘れられ、とり残されましたがこの事が江戸時代の町並みが残されることとなったのです。

数百メートルの未舗装の道路の両側には藁葺き屋根の宿や土産屋、蕎麦屋等が立ち並び、かなりの賑わいを見せていました。
GWや秋の観光シーズンには大混雑する、会津でも有数の観光スポットです。

<名主 阿部家>
阿部家は江戸時代大内宿で名主として栄えた家です。
江戸末期には没落した本陣に代わり、参勤交代の時の大名の休憩宿にもなっていました。

天井が非常に高く、欄間が弓の矢で出来ています。

<葦のマメコバチの巣>
マメコバチはミツバチの数倍働き、りんごや桃、梨などの花の受粉をさせます。
マメコバチは針を持っていないので刺したりすることはないそうです。
大内宿はマメコバチの数少ない生息地だそうです。
右端中央やや下の2つの黒いのがマメコバチです。

最初は黄緑色で、次に白緑色そして白色と花の色が変化する面白さがある大手毬。

2010年06月05日

伊根の舟屋

京都府与謝郡伊根町にある”伊根の舟屋”は伊根湾に沿って約230軒が建ち並んでいて、伊根町の代表的な観光地として多くの観光客が訪れます。

伊根の舟屋は海面すれすれに建築されていて、一階は舟の格納庫・漁具などの物置場そして2階は居室となっています。


伊根の町並みは舟屋の里公園の展望台から眺めるだけではなく、舟から眺めることもできます。
大きな遊覧船もありますが、少人数なら海上タクシー(漁師さんが兼業でやっているのが多い)に乗ってみるのがお勧めです。
大きな船では近寄れない舟屋の近くまで行ってくれます。
でも、舟の当り(小さいけどクルーザタイプ)、外れ(古くて小汚い漁船)があります。

伊根の舟屋は山や海を借景に昔からの町並みが残っていて、集落全体が貴重な文化財で「重要伝統的建造物群保存地区」となっています。

NHK連続ドラマ「ええにょうぼ」や映画「釣りバカ日誌」などのロケも行われました。
写真中央の「民宿えびすや」は釣りバカ日誌で浜ちゃんが窓から釣り糸を垂らしていました。


漁港に停泊していたイカ釣り船の集魚灯。

2010年06月01日

滋賀の湖国料理 本もろこ焼

今では、大変貴重な魚となった天然ものの”本もろこ”。
今シーズン最後の良い”本モロコ”が入荷できたと、連絡をもらい滋賀の堅田まで食べに行ってきました(4月末のことです)。

滋賀の堅田は、古くから近江の湖上交通の要所として栄えた町で今なお港町そして漁師街の面影が残っています。
築80年を超えるどこか懐かしい風情がたたづむ和風建築の中に入ると、長廊下や欄間、障子・襖、階段の手すりに至るまで和の美意識を感じさせるものがあります。

天然の本もろこは堅田港で水揚げされたばかりの新鮮なものを、漁師さん自らが届けてくれるそうです。
銀色に輝く色・艶、そしてこの大きさが見事なまでに揃った本もろこ!

琵琶湖が一望できるお座敷で、仲居さんが一尾づつ丁寧に炭火で焼いてくれます。
香ばしいにおいがしたら、生姜醤油・酢味噌・千鳥酢をつけて食べます。
天然物はとても柔らかく、頭から骨まで丸ごと食べることができます。


この時期は名残の子持ちもろこでしたがとても美味しかったです!