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大内宿

大内宿は福島県南会津郡下郷町にある江戸時代の宿場の面影を今もそのままに残している山間集落です。
昨年の秋旅行で行けなかった大内宿・さざえ堂など会津若松のリベンジ旅行です。

全長約450mの往還に沿って、道の両側に妻を向けた寄棟造、茅葺の民家群がほぼ等間隔に建ち並んでおり、伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているものとして、重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
1981年(昭和56年)4月18日に選定されたもので、宿場町としては長野県の妻籠宿、奈良井宿に次いで、全国で3番目である。(Wikipediaより)

遠目で見ると江戸時代にタイムスリップしたような景色です。
大内宿の街道は会津西街道または下野街道と呼ばれ、江戸時代には会津藩や米沢藩・新発田藩の参勤交代に使用され、また廻米や生活物資、旅人が街道を行き交っていました。

しかし明治維新後は街道制度が廃止され、明治17年に現在の国道121号線の開通により大内宿は人々から忘れられ、とり残されましたがこの事が江戸時代の町並みが残されることとなったのです。

数百メートルの未舗装の道路の両側には藁葺き屋根の宿や土産屋、蕎麦屋等が立ち並び、かなりの賑わいを見せていました。
GWや秋の観光シーズンには大混雑する、会津でも有数の観光スポットです。

<名主 阿部家>
阿部家は江戸時代大内宿で名主として栄えた家です。
江戸末期には没落した本陣に代わり、参勤交代の時の大名の休憩宿にもなっていました。

天井が非常に高く、欄間が弓の矢で出来ています。

<葦のマメコバチの巣>
マメコバチはミツバチの数倍働き、りんごや桃、梨などの花の受粉をさせます。
マメコバチは針を持っていないので刺したりすることはないそうです。
大内宿はマメコバチの数少ない生息地だそうです。
右端中央やや下の2つの黒いのがマメコバチです。

最初は黄緑色で、次に白緑色そして白色と花の色が変化する面白さがある大手毬。