飯盛山とさざえ堂
<飯盛山 >
戊辰戦争の時に白虎隊自刃の地として有名な飯盛山は福島県会津若松市にある標高314mの山です。
階段を登るのが大変な人向けに”飯盛山スロープコンベア”があります(昇りだけです)。

<自刃の場所>
白虎隊士中二番隊が、戸ノ口原の戦いでの奮戦空しく撤退する際、この地で鶴ヶ城周辺の武家屋敷等が燃えているのを落城と錯覚し、もはや帰るところもないと自刃した場所です。
そして白虎隊士石像(↓)がのぞんでいる方向が鶴ヶ城です。


正面の墓は1868年の戊辰戦争で個の飯盛山で自刃した19名の隊士のお墓です。
自刃した隊士の遺骸は西軍により手をつけることを禁じられていましたが、約3カ月後村人により、ひそかに近くの妙国寺に運ばれ仮埋葬され、のちにこの自刃地に埋葬されました。
右側のお墓は31名の白虎隊士のものです。

<旧正宗寺三匝堂>
飯盛山の中腹にある、通称”さざえ(栄螺)堂”で昭和57年に国指定の重要文化財(建造物)になりました。
六稜三層形式向拝月・銅板葺きの建物の中は上りと下りで同じ道を通ることなく通り抜けられる仕組みになっています。

入口を入ると右回りにらせん状のスロープで登り、頂上の太鼓橋を超えると今度は下りの左回りのスロープとなっていて出口へと通じています。

頂上の太鼓橋。

スロープの内側には西国札所の三十三観音像が祀られ、一度はいると巡礼を終えたことになり、江戸時代における庶民のための身近な巡礼の建物だったそうです。

<戸ノ口堰洞穴>
約400年前に猪苗代湖の水を会津地方に引くために人工的に穴をあけられた洞穴で、白虎隊士中二番隊は戸の口原に布陣している見方軍応援のため派遣されましたが”戦に利あらず”、お城の安否を確かめようと歸城の途中隊士20名が通過した洞穴です。
